嫌なことは嫌と言う

「いやなことはいやと言っていいのよ。友達に嫌われるかも、なんて心配しなくていいの」

嫌なことを嫌と言えない社会には、幻滅しかない。

ボクも社会人として組織の一人として、基本的にはイエスマンとして生きています。
ただし、納得しているわけではないです。
むしろ、反発したい気持ちの方が大きい。
でも、言わないし、言えない。

「もしかしたら、ボクは社会不適合者なのか・・・」と考えることもあります。
嫌われたら生きていけないのが今の社会。

言いたいことも言えないこんな世の中は、ポイズンですね。

イヤなことは断ってもいい?

「イヤなことはイヤだ」と言ってしまってもいいのでしょうか。

もちろん、言うべきです。
なぜなら、イヤなことを断れないといつしか自分が精神的に病んでしまうから。

別に嫌われてもいい

嫌われるのがイヤだから、イヤなこともイヤだと言えなくなっている。
嫌われることを極度に恐れてしまっているのが原因です。

我慢しない

あなたがイヤなんだから、断って嫌われる相手に付き合う必要なんてありません。

イヤイヤ付き合っていても、ある程度までは我慢できるかもしれません。
しかし、いつかは我慢の限界が来て、不満が爆発します。

不満が爆発すると、相手のことが嫌いになるし、自分のことも嫌いになるし、メンタルが崩壊してしまいます。
なので、不満が爆発してしまう前に、イヤなことはイヤといってしまった方が絶対にいいです。

好きなように生きるべき

「イヤ」と言って嫌われてしまう可能性も十分あります。
ただ、もう我慢しなくてもいいようにはなります。

「イヤ」と言って嫌われずに付き合いだけ続けられる可能性もあります。
それなら今まで以上に、その人と対等な立場というか、いい関係でいることができると思います。

「他人に嫌われたくない」と考えることは、人生において無駄なことだと理解することが重要です。

付き合う人たち全員といい関係を結べることなんて不可能に近いです。
それなら、あなたはあなたの好きなように生きて、それでもいい関係でいられる人たちだけといたほうがあなたの人生の幸福度は上がるはず。

「イヤ」といえる勇気が必要

でも、嫌われたら生きていけない、ってくらい考え込んでしまう人もいるんですよ。
本当はイヤだけど、「イヤ」と言えない人っていうのは一定数いる者だと思います。

断る勇気を持てるようになるしかありません。

嫌と言えないと、相手のことがどんどん嫌いになっていきます。
どうしてわかってくれないのか、と思うようになって、あの人はなんて自分勝手なんだと、あなた自身が勝手に相手を憎み始めてしまいます。

「イヤ」と言えさえすれば、すべてが解決するのだということも理解してほしいです。
あなたが自分の考えや意見を言わない限り、相手に伝わることはないからです。

あなただって、その人のことを憎みたくはないでしょう。

言わない自分が空気を読めてる人間だと考え始めていませんか。
自分で自分を傷つけているだけだということに気づかなければいけません。

質よりも手軽さを求める

「やっぱりご飯を炊くには、井戸水じゃなきゃあねえ。蛇口さえひねれば水が出るようになったんはありがてぇども、水道水はどうしたってカルキくさいでしょ。」

昭和の日本を表しているセリフ。

確かにご飯はおいしく炊けたかもしれない。
だけどボクは、蛇口をひねるだけで水が出る世界しか知らない。

しんどい思いをして食う飯より、手軽に食える飯のほうが良い。
コスパとか、楽さを優先してしまいますね。

技術は常に進化を求められる

なにしろこの重量の大部分は電池なのだ。つまりは電池の小型軽量化から開発をはじめねばならない。

肩から掛けるショルダーフォンの話。
デカく、そして重たい。
ボクの父は持っていたそうです。

父が持っていたものは、この時ほど重たいものではなかったそうですが。
電池の軽量化ができた現在は、電池の持ちがどれだけ長いかが重要になってきている。

暴力は、しつけにはならない

親に恥かかすガキなんぞ、ぶん殴ってしつけりゃいいものをよ。

子供がなにをしても親に責任があるというのは、子供が何歳くらいまでなんだろう。

20歳過ぎてもまだ脛をかじっているのなら問題かもしれないが、小学生の子どもが親に恥をかかす目的でわざとするとは思えない。

なぜ生んだんだって思うレベル。

偏見のない世界なんて無い

他者をまったくの色眼鏡抜きで判断できる人間など、この世界には一握りしかいない。

偏見なんて誰でも持っている。
自分も相手を偏見を持って見ているし、相手からも偏見をもって見られていると思う。
お互い様だし、偏見持たずに他人を見ている人はいないだろう。

自然と仲良くしよう

木の根っこというのは深く広く土中に張って、網の目のように土壌を繋ぎとめる役目を果たしとる。

自然災害が多い日本。
だからこそ自然との共存を目指すべきなのではないだろうか。

文明の利器を使って自然と生きていくのもいいと思う。
でも、自然そのものの中で暮らしていく方法を選んだほうが、日本の中では生きていきやすい気がする。

グローバル社会に対応するのも大切なことですが、日本人の暮らしを優先しても良くないですか。

子供は、ほっといても育つ

「出来の悪い子ほど可愛い、ってやつだな」

出来の悪い子は、手がかかるからなのでしょうね。
可愛いっていうよりも、しょうがないなっていう感じ。

なんでもかんでも構って、過保護に育てるよりも、自由に育てて、何か起こした時だけ親は出ていけばいい。

ボクは、どちらかというと子のためにも、親としても、ほったらかした子育てのほうが良い気がします。

物欲

物欲はかきたてられる一方だというのに、現実にはなにも手に入らない。

人間には、欲があります。
物欲も人間の欲のひとつです。

「ただモノが欲しい」というよくわからない欲求。

他人に対して見栄を張りたいのか、自己承認欲求を満たしたいだけなのか。
おそらく人間特有の欲求。

あれも欲しい、これも欲しい、でもお金がない。でも買うんですよね。
ボクには欠如した欲求。

「平和のために戦う」って、矛盾してない?

「我々は平和と安寧をこの手にするため、皮肉なことではあるが、まず戦わねばならないのだ!」

平和は、人類最大の課題です。
ボクは、生きている間に平和な世界は来ないだろうな、と思っています。

もちろん、ボクの住む日本は今、平和であることは間違いないですが、世界を見たときに平和かと問われると「平和じゃない」と言わざるをえない。

平和な世界を作るため、自分の住む国の平和を守るために戦う。
その先に「世界平和がある」という確信を、ボクは持てない。

さいごに

人間って怖いなぁと思った。

ストレスって、人間自信が生み出しているものなんだろうな。
で、ストレス発散できずに溜まりに溜まったストレスで、他人を傷つける。

全部、人間社会の中で完結してしまう。

嫌なことは嫌と言えて、偏見なんてなくて、自然の中で暮らす。
こんな生活ができれば、争わなくても、自然と平和に向かうんじゃないかなと、思う。